寛ちゃん、ありがとね。
寒く冷たい2月の朝。霜柱がきらきら光る朝、吐く息が湯気のようにみえる。散歩を小躍りして待つ我が家の飼い犬が、朝、小屋から出てこない。不審に思って小屋の中を覗いてみると、五匹の子犬が全身を震わせながら必死でおっぱいを飲んでいる。「ギャー、なんじゃ。うようよ赤ちゃんがおるー。」私は叫びながら家の中に入り、三人の娘(5歳、8歳、10歳)に知らせると、「かわいいー。ひゃー。かわいいー。すごー。」三人が繰り返す感嘆語。他になんか言い様があるだろ、と思うのだが、適当な言葉が見つからず、思わず、「いや―ん、かわいいなあ。」と、言う私。
一週間が過ぎた頃から、娘達は歩けない子犬を散歩に連れ出す。長女が二匹、次女が二匹、三女が1匹、パーカーの懐に入れて散歩と称している。次女なんて、歩くの大嫌いな肥満気味の子だったのに、嬉々として、散歩をするようになった。喜び、走って学校から帰ってくる娘たち。日に日に愛くるしくなるよちよち歩きの子犬達。娘達が名前をつけて子犬とじゃれ合っているのを見るにつけ、私の気持ちは暗く落ち込んでいく。6匹の犬なんて飼えない。もらい手探さないと。しかし、雑種。父親は、ここ一月近所を流していた野良犬。ずんぐりむっくり。顔はでかく、上下につぶれている。足短い。胴長い。毛並みは、艶のない赤毛。母犬の背丈の半分。子犬のうちに・・・父の遺伝子がまだあらわれない、文句なし小さいから、かわいいうちに・・・もらい手を探さなければ・・・焦り出す私。
娘の保育園に張り紙をさせてもらったり、公文の事務局だよりに掲載してもらったり、手当たり次第会った人に声をかける。娘達には、学校、保育園で、友達に声を掛けるように言い渡し、クラス全体に言うな、一人づつ十分な説明をして子犬を飼いたくなるような子犬のいる生活の楽しさを伝えなさい、とまで厳命して。これぐらい、必死になれば、どんな商売だって成功するわ、って自分でも感心するぐらいの、なりふり構わぬふり。甲斐あって四匹は貰われていった。残ったのは、父親の遺伝子がストレートに出た情けない四肢と顔をもった寛と名付けた雌犬。甥っ子が生まれてきたときの顔とそっくりだったので、その子の名前を採って、寛と名付けた。余談ですが、人間の寛は、現在18歳で小顔の身長180センチのモデルのような男の子に成長している。
愛嬌はあるが、ここまで不細工なら、寛は貰い手が無かろうと、早々に判断して家に残すことにした。犬二匹の世話はなかなか大変で、朝晩の散歩、えさやり、しつけ、いずれも毎日毎日終わりのない作業。どんなに楽しく遊んでいても、お買い物してても、適当な時間には帰らなければならない。家族で夜外食なんてこともない。自分たちが夕飯を食べる前に必ず、犬の世話を終えてなければならなかったから。平日うちの娘達は友達と遊ぶことはほとんどなかった。帰宅後、洗濯の取り込み、犬の散歩、公文のプリントを終えていなければ、帰宅後私の怒りに触れるから。
寛が一歳になるころ母犬は急死した。庭の柿の木の根元に遺体を埋めたものだから、寛は毎日毎日そこに母のにおいを嗅ぎに行ってた。嗅ぎながらク-ンク―ンと鳴くのを見て、私は人や物のにおいに記憶をもつようになった。一匹になった寛に寂しさを感じさせないように娘達は、懸命に世話をした。娘達は面倒くさいと感じながらも口の付いている生き物ゆえに、いいや、愛情を体で示す動物ゆえに、世話を怠ることが出来なかったのだと思う。
13年老犬になった寛は、自宅の周りを自由気ままに徘徊する、首輪をつけた野良犬状態になった。日中は、自宅で療養している私の母のベットがみえるデッキで過ごし、母を慰め、不審者が来ると玄関に回って吠え、縁台で酔っぱらった父の話し相手になっている。誰かが帰宅すると、犬小屋の前で座って待つ。車から降りてくるのを見計らって、ひっくり返って腹を見せ、早く撫でろと催促する。寒い夜中なんて、一刻も早く家に入りたいんだけれど、せがまれて仕方なく、おざなりに片手で、さっと腹をなぜると、寛の体温が伝わってきて、思わず両手でぬくもりをもらう。

フィラリアを発症して体が不自由になって、デッキにも上がってこれなくなり、自宅のリビングで寝たきりの状態になって一週間。体には水がたまってゆき、思うように動かなくなった。目で家族を追う24時間。家族で決めた目標は一人(一匹か?)で逝かせないというもの。昼間仕事で寛を見ることのない長女が夜一緒に寝て、昼間は私か三女が。母を一人で逝かせた轍は踏まないと誓って、私たち家族は介護したんだ。

昨日、三女と夫に看取られて亡くなった。昨夜自宅で通夜をして、母犬の眠る柿の木と並ぶもう一本の柿の木の下に今朝埋めた。
私が子どもを育てるときに最も注意したことは、規則正しい生活と学習習慣だ。学習習慣はKUMONのおかげでついたと思う。規則正しい生活は寛がいなかったら自堕落な母親である私一人では、出来なかったと思う。母を早くに亡くした(犬なら当たり前だけど)寂しがりやで、愛情をストレートに求める寛の存在が本当に大きかった。母の自宅療養を支え、娘達の成長を支えてくれた。寛ちゃんありがとうね。



