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公文 松山横河原教室
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中学校の入学とともに不登校になり、昼夜逆転の生活の中で、家庭内で暴言を吐き、暴力も振るうこともあり、自傷行為を繰り返していた子が、この春高校受験を乗り越え、進学します。僅かに登校したのは、保健室ですから、中学校で、ほとんど授業らしい授業を受けていません。普通高校の進学は無理と中学校からやんわりと言われ本人も毎日通学する自信がなく、フリー形式の学校を親子で考えておられました。昼夜逆転の生活で色白く、痩せていて、郊外からの通学は体力的にもきついと傍目にも分かりました。全く学習らしい学習をしなくなって2年余り、中3の春、何をどうすれば、事態が好転するのか、将来が見えてくるのか、暗中模索の中、お母様が教室に相談にこられました。私は、昼夜逆転の生活を改善すること。朝必ず起こして朝食を摂らせること。夜、親子で散歩すること。散歩途中の暗がりの中で顔を合わせず話すとお互い素直に気持ちを言える場合があること。寝る前にストレッチなどの体を動かすことをすればよく眠れるので親子ですること。話すことを目的にせず、一緒に何かをすることのついでに話をすること。くもんで学習したことは血肉になっているから、一見忘れているようでも、すぐ使えるようになるので、以前していた教材からやり直せば中学の教材をこなし、高校での学習が可能になること、などを話しました。
とりあえず、お母様がプリントをもって帰られたり、持ってこられたりして、自宅でこなすことからスタートしていただきました。採点したプリントに短いメッセージを添えましたが,ナシのつぶてで、秋になりました。順調に英語のプリントが出るようになったので、思い切ってフリースクールではなく、普通高校の受験をするように勧めることにしました。かつて、フリースクールで教えた経験があるので、就職のことを考えれば絶対的不利なところには行かせたくないと思ったからです。少し長いメモをお母様に託し、高校受験を強く勧めました。それに答える形で、来室してくれ、11月から数学英語二教科で、週に二回教室に通い、2月の受験まで学習を続けることを約束してくれました。高校に必要なのは、数学は計算力だけなので、関数、方程式、因数分解、平方根などに力を入れました。それらが高校で必要なものなので、これらの分野ができることが高く評価されます。あれもこれもせずに最低必要なものをできるようにすることは自信をつけ、積極的な性格にしてゆくコツのようなものだと私は考えています。それからは、成長というよりも変貌という言葉がピッタリの変わりようで、私も、教室のスタッフも、ご両親も驚くばかりでした。体は筋肉がつき、たくましくなり、英語の音読を積極的にするに留まらず、質問したり、冗談を言ったり出来るだけでなく、スタッフに冗談を言われたら、逆に応酬している姿を見て、人間ってこんなにも変われるんだと、教えられた次第です。
新しい一歩を踏み出す四月。その一歩は喜びに満ちた一歩かも知れないし、不本意な一歩かもしれません。大事なのは一歩足を前に出すことだと思うのです。一歩踏み出してみれば、目の前に広がる景色が違います。景色が違うと気分も変わります。気分がすこうし前向きになるだけで周囲のあなたに対する見方が変わります。家族をはじめとする周囲のあなたを見る目が変われば、劇的にあなたは変われるのです。

2017.05.08

色とりどりの花が咲く初夏、心が浮き立ちます。生まればかりで、瑞々しい穢れのない若葉、これから成長していこうとする勢いが感じられる新緑の美しさは、形容のし難い美しさがあります。同時に咲き誇る牡丹、芍薬、藤などには、威厳をもった高貴な美しさがあり、唯々、羨望し、テッセンの凛とした姿に出会うと、思わず背筋を伸ばしてしまいます。薔薇の花や愛らしいデージー,スズラン、どくだみそうの可憐な花も私たちの心を浮き立たせてくれるものです。花を愛でるようになったのは、花好きの母が亡くなってからです。
花に心を止めるようになったこともそうですが、年齢を重ねてくると世界は全く違って見えてくるし、好きなものも変わってきます。シックな黒や茶色の服ばかり着ていた若い頃とはうって変わって、白やピンク、水色は平気で着るようになったし、元気が出るビタミン色だと言われれば、それもそうだとレモン色まで選びます。
教室に訪ねてきてくれる卒業生も、高校生、大学生ばかりでなく、「この度、結婚することにしました。」「赤ちゃん出来ました。」の報告が来るようになったのですから、勉強すること、生きていくことの重みを、深く考えさせられるようになりました。私が教室をしていく意味も少しずつ変化してきています。一番はじめは、我が子のために。三人の子が勉強を厭わないように、好きになってくれるようにと願いながら教室をしてきました。子どもに基礎学力をつけさせ、先生の話が楽に聞けたり、計算が人より速かったりすると、それだけで得意な気分が味わえて勉強が嫌ではなくなるだろうと、思ったわけです。しかし、そのうち、高校、大学に我が子が進学していくと、教室をしていく目標は、子どもの教育に不安を抱いている保護者の方の拠り所になれないものか、と、変わっていきました。本当に基礎学力だけで高校に行けるの?Kumonだけでは応用問題が解けないのでは?こうした保護者の声をよく聞くようになったからです。Kumonの教材I教材は中学卒業レベルです。この教材に到達した子は応用問題に取り組める理解力や計算能力が育っています。教える方も教えられる方も楽に取り組めることを知って欲しいと、思い、懇談などの機会を捉えて、伝えています。短絡的な成果を追い求めると、高校でうまくいっても、大学でつまずき、大学もなんとか入れても、就職の際大きく躓いてゆくからです。幸いなことに、大学や専門学校で教えているので、勉強のさせ方と進路、適性と進路については豊富な統計資料がリアルタイムで手に入り、我が子だけでなく、多くの成功例、失敗例を見てきました。その成功、失敗の原因の8割以上は親の力だということも、わかってきました。教育のあるべき姿や、やってはいけないことなどが見えてきますし、小さな親子の諍いの対処法もわかってきます。雑多な情報が保護者に還元できればいいなあ、と、懇談の度、考えています。
そして、私自身にも二人目の孫ができ、新芽そのものの幼子が、どうか、学ぶことが好きな子になって、人生のその時々の課題に真摯に取り組み、クリアしていって欲しいと願っています。この子達は、生まれながらに、蛇口に手を差し出せば水が出てきて、トイレにゆけばトイレの蓋があき、終われば自動で流れる時代に生きていくのです。一歳を過ぎると、スマホで、アンパンマンの漫画を自分で操作し、人中でだだをこねることも少なくなってきました。母親も、童謡を自分で歌わず、You tubeに任せたり、ぐずったら、子どもの動画を見せて気を紛らわせたり、スマートな親子をあちらこちらで見かけます。この子達をタフでスマートでグローバルな子に育ててゆくのが、これからの横河原教室のテーマにしようと、先日カーペットを変えました。
 

芸事は三歳から…室町の時代、三代将軍足利義満に寵愛された世阿弥が 日本初の芸術論『風姿花伝』の中で、芸を身に付けるための基本原則として、強く主張しています。
私も真似をして、英語は三歳から、と、主張したいと思います。英語は思考力や読解力を必要とするものではなく、単純に聞く力、読む力、話す力を養成していくものなのです。考える力など必要なく、いかに猿真似が上手にできるかが重要なのです。
教室に通ってきてくれている幼児さんの英語学習者を見ていて、20年以上指導者を続けていながら、私自身が知らなかった新しい教育効果に、驚いています。
第一に、幼児さんは、学習の手順を教えるとその手順を守って学習し続けてくれます。kumonの教材は同じ単語が何度も何度も出てきます。抑揚を変えたりリズムに乗せたりしながら,飽きないように単語を何度も耳に入れさせます。小学生後半のお子さんの場合、はじめは学習の手順を正しく踏んでくれるのですが、ある程度慣れると、パターンで覚えようとして、愚直に聞くことを厭い、うろ覚えで、単語のミスなどをしてしまうことが、往々に起こってしまいます。聞く、読む、繰り返すの学習手順を体に染み込ませると、一生の学習姿勢が確固としてできます。
第二に、英語の学習をスタートして、10冊の冊子を丸暗記してもらいます。綴りはせずに、ひたすら、聞くことと、読むこと、話すことに専念してもらいます。暗唱だけをさせることで、その子のモノを覚える能力を最大限に引き伸ばします。意味を考えながら覚えた百人一首の歌は使わなければ、すぐさま忘れてしまいます。しかし、幼児期に覚えた歌や短歌、ことわざなどは、音で脳に刻まれ、口が勝手に覚えています。決して忘れることがありませんし、忘れてしまったようでも、きっかけを与えてやると、すぐさま、記憶が呼び戻ってきます。一生使えるモノを覚える能力を、是非、幼児期に養ってほしいものです。
第三に、コミュニケーションツールとしての英語を学ぶことで、他人との関わりをスムーズにできるようになって欲しいと思っています。
英語は他人と関わりを持つ手段として学ぶわけですから、毎回毎回教室の度に、英語の先生のチェックを受けます。先生に適切なスピードで、適切な声の大きさで、表現できるかが、チェックのポイントです。「上手ね」と褒めてもらい、「もう一回、もう少し速く」とか、他人の評価を受け入れて、それに沿うように努力できる子は、社会性の高い、適応力のある子に育ちます。
 幼児さんですから、慣れるまで、時間はかかるのですが、2,3ヶ月ですっかり自立した学習者に育つところは、指導しながら、驚くばかりです。6歳を過ぎると、英語の音を聞き分けられなくなります。p、t、th、r、lの音に自然に反応できるのは6歳までの幼児さんです。以上が、幼児期に英語をスタートさせるメリットだと思ってます。
 幼児さんのための教材が、この3月からより学習しやすくリニューアルしました。教室でいつでも手に取って見ていただけるように展示をしておりますし、幼児椅子に座って、姿勢よく学習し、先生に英語を聞いてもらっている様子なども見ていただけるように開放しています。ぜひ、興味のある方はいらしてみてください。 

生きていく上で最も必要な能力は何ですか?

と、問われれば、真似る力だと答えます。真似る力があれば、親や先生、友人の真似をしながら、社会生活を送っていけます。進学や就職、結婚なども、周りを意識し、年相応にこなしていったほうが、楽な面はあります。むしろ、真似をせず、個性を活かして、生きていくことのほうが難しい、のです。人間の子供であっても、狼に育てられれば、狼の真似をするのです。

芸能を引き継ぐとは、先人の真似をすること、そのものなのです。武道、能、歌舞伎,花道,茶道、書道を極めるとは、体にその作法や所作を真似して、叩き込んで,いくことなのです。高いモノまね能力があった日本人は、世界一の金持ちイギリスのような国になりたいと、目標と定めたとき、産業、インフラ、政治、文化など徹底的に真似し、明治の四半世紀足らずで、日本国を欧米列強の仲間入りさせたのです。

オランダ語の原書をただひたすら写し、言葉を真似した偉人に福澤諭吉がいます。彼は緒方洪庵の開いた適塾で、師洪庵や他の塾生から、猛烈にその知識と技術を盗み続けたのです。学ぶとは真似することなのです。そして、真似た知識が古くて使えなくなったとしても、真似る能力が養われていれば、すぐさま新しい知識を導入することができるのです。オランダよりもイギリスが先進国であると理解した諭吉はすぐさま英語の勉強を始めたのです。真似ることこそが、学ぶことの本質で、真似る力を養うことが、何をおいても、優先されなければならないと思うのです。

沢山の幼児さんと付き合って、わかったことですが、大人がすること、言うことを、すぐさま真似したり、復唱したり出来る子は、能力が高く、知識を吸収していくことができます。ですから、本や歌、映像を見て、真似ができたら、たくさん褒めてあげましょう。お母様自身が真似ることを恥ずかしがらず、お手本を示して下されば、子どものまねする力は飛躍的に伸びていきます。

公文の教材プリントの優れたところは、何度も何度も繰り返し読ませ、何度も書き写すことで、体に定着させてくれるところです。数学の暗算でも因数分解でも、数字を見たら反応できるようになるまで習熟させます。英語もE-pencilで聞いた言葉や文を繰り返し言わせ、スラスラ読めるようにさせてから、何度も同じ文を書かせていきます。プリントはテストなんかではなく、練習帳なのです。こんな地道な学習方法は今時パッとしないのかもしれません。でも、この地道な方法で学習していくと、実力は確実についていきます。積み重ねの英数国の教科は、確実な基礎学力の上にしか、応用力はつきません。揺らいでいる基礎力は、繰り返しによって磐石の自信を持てるようにしてやりましょう。

自分のお子さんの学力に、あるいは、お子さん自ら、どことなく不安を感じている方がいらっしゃれば、それは、練習不足、自信不足かもしれませんよ。自信を持って真似ができるには、積み重ねの練習がいります。自信を持って、人生を、歩かせるために、猿真似、モノマネが上手にできることが必須条件なのです。真似して、真似して、それでも、その中に、ぬぐい去れない、本人らしさが残ってゆく・・・それを個性と呼ぶのだと思うのです。できないこと、悪癖を、矯正せず、努力せず、個性として棚上げする最近の風潮に、異議ありです。

KUMONの教室のない日の夕方、私は、愛護センターで貰い受けた雑種犬の散歩紐を自らの胴に巻いて、83歳の歩けなくなった父を車椅子に乗せ、1歳過ぎの孫を、父に抱かせ、赤ちゃんの紙パンツLサイズと大人用Mサイズと、尿とりパッドが丸められ、ギュウギュウ押し込まれているゴミ袋を手に持ってゴミステーションに向かいます。自宅から200m足らずの距離ですが、重い袋を下ろすと気持ちも体も軽くなります。汚物を手放した安堵感で、人はこんなにも気持ちが晴れるものかしら、と、一人おかしくって笑ってしまいます。

2週間預かった孫は、私を追いかけ、抱っこしてくれとねだり、眠たいと身をもたせ掛けながら目を擦り付けています。命を守ってくれるのは、この人と言わんばかりの信頼の置き様です。私が仕事に行くと泣き叫ぶのですが、泣いても無駄とわかると、さっと切り替えて、夫に甘えているようです。雑種犬のチャボは生まれて三ヶ月ぐらいで愛護センターに保護された捨て犬で、うちに来た当時は、人間が怖くてたまらない子犬だったのに、今や、宅急便が来ても郵便屋さんが来ても、おやつをねだり、お触りをねだる人間関係をこの4年間に構築しています。勿論家族である私たちとは、犬語と日本語を使いながら、たいていの意思疎通は可能です。

ところがわが父は、チャボの半分の社交性しかなく、自宅と田んぼ以外は行くところがなく、家族としか、いや、家族とも下手すると、意思の疎通は出来てないようなところがあります。そんな父ですが、妹が年子で生まれた私は、父親っ子だったようです。オムツが取れたか取れないかの私を、父は一人で連れ、夜行の船に乗って、親戚のある神戸に頻繁に行ったようです。まだまだ、私の足が達者ではなかったからでしょう、船上で、肩車や抱っこされた写真ばかりが残っています。その写真の中で、私の小さな手は、必ず父のひげ剃り後の頬に置かれているか、父の背広の端をつまんでいるか、です。父によって命を守られ育てられたのだなあ、と今になって思うのですが、そんなこと50年余りは考えることもなく、一人で育ったかのように傲慢に考えていたように思います。

その父を風呂にいれ、おむつの世話をしていると、縁の不思議さをつくづく感じます。人は不完全な生き物としてこの世に現れて、他の人間の助けによって生き延びていきます。そして、幸運にも、老いるまで生きることの出来たものは、誰かの手を借りながら、生き終わるのでしょう。生まれて、やがて、死んでいくこの単純な繰り返しに何の意味があるのだろうと思うのですが、人が、誰かの力を借りなければ生き延びることができないことから推測すると、きっと縁を大事に全うすることが求められているのではないかと、そんな気がするのです。私の目の前に現れた人と、気持ちの良い関係を作りたい、誰か一人の人には、頼られたい、一緒にいると楽しいと言われたい、のです。目の前にいる縁のある人をどれだけサポートできるか、生き甲斐とは、そういうものではないかな、と考えるようになりました。図らずも、単なる学習塾ではなく、生きていくための能力を育てるKUMON式の教室を持っていることに「やっててよかったくもん式」と膝を打ちたい気分です。今年も支えたり、支えられたりしながら、笑って生きていこうと、思います。よろしくお願いします。

父が寝るベッドの傍らで、この文章を書いた二日後、私の腕の中で静かに息を引き取りました。

二日に一度は録画した「ニュースで英会話」というテレビ番組を見て、英語のニュースの聞き取りに取り組んでみるのですが、皆目わからなくて、本当に落ち込んでばかりいます。文字を見て理解できても、全く耳からは内容が把握できないのです。50歳をとうに過ぎた私の耳は頑固で、音を聞き分けられず、困っています。この1年間ずっとこの劣等感に苛まれています。

これまで、しっかりとした母国語教育の後でこそ、外国語の習得が可能になるのだと、私は信じて疑わなかったのですが、どうも、そんな事を言っていると、英語を聞き取るベストタイミングを逃すことになると、気づきました。6歳までに耳は作られるそうなのですが、確かに6歳までの幼児さんに英語を聞かせ、発音してもらうとp、t、th、mなど日本語の中にない音に正確に反応できます。小学生高学年になるとこの音を聞き分けられる子はとても少なくなってきます。

母国語の習得が、まず、母親からの、語りかけでスタートし、歌を歌い、単語を読み、文を読み、やがて、書きながら読み取る力をつけていくように、英語を自在に使えるようにするためには、母国語と同様、まず、幼児期に耳から大量の言葉を聞かせておく必要があります。単語、文を、聞かせ、言わせ、鉛筆が使えるようになると、書かせて、定着を確かなものにしていくのです。

これからは、できるだけ低年齢から英語を始めることをお勧めします。仕事に使える英語の獲得には、母国語に近い働きかけが絶対に必要です。教室には日本語もまだ上手に使い切れてない状況の中で英語を始めた3歳のお子さんがいらっしゃいます。現在、年長さんで英検5級に合格し、現在中2レベルの学習に取り組んでいます。その子のp、t、thの発音は限りなくネイティブに近いのです。その子に限らず、6歳までに英語をスタートしたお子さんの多くは、小学生低、中学年のうちに、中学校の文法教材に進み、英検5級4級に合格しています。

くもんの英語は幼児さんが学習しやすいように作られていますし、教室では、負担なく学習しやすいように、フォローしていきます。楽しんで学習してもらえるように、幼児さんの学習環境を整えています。横河原教室で英語、始めてみませんか?

季節の変わり目になると、教室の中で、苦しそうに鼻をかんでいる姿を何人も見るようになったのはここ5,6年でしょうか?風邪を引いているのだと、勝手に思いこんでいたのですが、よく聞いてみると、皆、アレルギー性鼻炎で、温度の変化やハウスダストが刺激になって鼻水が出てくるのだそうです。当人は慣れっこになっていて淡々としているのですが、見ている方はなんとか症状を軽減してあげたいと思い、今年は、空気清浄機を買ったり、エアコンの清掃を業者に頼んだりしてみました。


こう見えて(見えませんよね)  実はわたくし趣味らしい趣味はなく、あえて言えば、片付け、清掃が好きなのです。仕事の気分転換に何をするかと問われれば、片付け、です。ついつい夢中になって、次々片付けの範囲をひろげてしまうので、時間がなくなり、広げさがして、ついには、全部捨ててしまうこともしばしばあります。そんな私ですから、エアコンだって自分で掃除するわって考えていたのですが、どうも、清掃のレベルが違うらしいと聞いて、お試しに1台してもらいました。業者から派遣されてくる作業員の丁寧な仕事ぶりを間近に見て、何度か依頼してみて、清掃もプロにまかせたほうが、確かであると思うようになりました。エアコンのタイプは新旧、メーカー、機能様々です。その全てに配慮して清掃していけるのは、数をこなしているプロならではでしょう。そのプロに家事清掃のコツを伺ってみました。「台所もお風呂も、家によって、使っている材質が違い、汚れも違う。その汚れに合う洗剤を23つと、試しながら合わせて作り、この洗剤が効果的と判断したらその洗剤を使ってコツコツ汚れを浮かし落としていく。綺麗になるまで、コツコツ続けていく以外、方法はありません。急ぐと機械そのものが傷んだり、素材に傷が付いたりします。」

工エエェェ(´д`)ェェエエ工

お風呂洗剤、台所洗剤、あとは、どんな汚れもこれ一本、っていうのを使ってました、わたし。m(_)m

(∵`)へー、もう驚きです。

どこかで聞いたことのあるような話しではないですか。子どもは千差万別。その子供が生き生きと学習して自分のなりたい夢に向かって努力していくようにするためには、その子供の特徴、癖、環境,嗜好を考慮して、最適の洗剤を作ってやる必要があります。ほかの子供に効果があったからといって、同じように使用すると素材を傷つけたり、効果が無かったりします。最適の洗剤ができても、たまに使用するのでは効果が薄いのです。毎日溜まっていく汚れを、毎日丁寧に落としていかなければなりませんし、今まで溜まって、おりのように体に染み込んだ怠け心を、毎日のお掃除で少しづつ薄くして消してゆかねばならないのです。毎日毎日繰り返されてゆく学習は、その子を綺麗にたくましく鍛えて行ってくれます。住宅展示場のようにピカピカで真新しい台所よりも、私は、使い込まれたシンクが磨かれ水滴を綺麗に拭き取られている様子に憧れ、その主を尊敬、信頼します。

つまり、私も教育のプロとして、子供をしっかり見極めて、全力を尽くして最適な洗剤を作ろうと思ったわけです。その洗剤を毎日生徒が使ってくれるように励ましたり、おだてたりを懸命にしなくてはならないと考えるようになったのです。どんな仕事も、知識と実践が兼ね備わっていないと上手くはいかないものです。知識を与えてくれる教育サービスはたくさんありますが、毎日実践力を鍛えてくれるサービスはくもん以外はないように思います。お試し、まずは2週間教室に通われてみませんか?


一年で最も良い季節ですね。日中夏の余韻が残っていた九月とはうって変わって、爽やかな秋本番のこの時期に、私は自然の摂理にハッとし、四季のある日本に生まれて良かったと、思うことがあります。

曼珠沙華の真っ赤な花が、稲を刈り取った見晴らしのよい田んぼの畦に、整然と並んで、忽然と、現れてくるのです。その妖しい赤色は、一瞬にして人の目を奪う華やかさと、誑かす艶やかさを持っています。そうして、お彼岸が近いことを思い出し、母や祖父母やおじ、おばの墓参りに行く日の算段をつけるのです。墓参りを終え、天気の良い日を見計らって、布団の入れ替えをしていると、開け放った掃き出し窓から、金木犀の匂いがしてくるのです。子どもの時に食べた甘いガムの懐かしい味に包まれると、これまた、秋祭りが近いことを思い出すのです。この秋彼岸と秋祭りの時期だけは、暦ではなく、視覚、嗅覚が教えてくれます。

そうしてこの時期は、生徒が最も落ち着いて学習に取り組める時期でもあります。九月の運動会の練習や祭りの準備が終わると、夜も長くなり、時間的余裕も出来てきます。この時期子どもの気持ちを盛り上げてやって、将来のために、学習する習慣をつけていくことをお勧めします。新学年や新学期ではなく、新しいことを始めるのには、十月のこの時期がbest timeです。

年長、年中さんは是非この時期から、小学一年生になる準備を始めましょう。読んだり、書いたりを同時にさせるのではなく、とにかく、すらすら一年生の教科書は読めるようにして、入学させたいものです。読む力を徹底的につけておくことが肝要です。読む力がついてないと、理解力が低く、質問の意味がわからなかったり、文章題の式が立てられなかったりします。書く力はその後からで、十分間に合います。書くことを急がせて、十分筆圧も備わっていないのに、一般の長く細い鉛筆を持たせ、曲線ばかりの平仮名を書かせたりすると、おかしな持ち方の癖を一生つけさせることになったり、長時間の書くことに耐えられなかったりします。お箸の持ち方を教えてから使わせるように、鉛筆も持ち方を身につけさせてから書かせましょう。綺麗な持ち方が出来るようになっても、まっすぐな線がかけないうちは決して平仮名を練習させないように。直線から曲線へ、曲がりからまわり、そして、払い、はねなど、そうした線が書けるようになってはじめて、平仮名の書く練習が活きてきます。Kumonの教室には筆圧を十分つけるズンズン教材もあります。平仮名の練習は読む力、筆圧が十分育ってから取り組みましょう。初めてのお子さんを持つお母様に是非知ってほしいことです。

小学5,6年生は、この時期から是非、中学に向けて、英語の学習に取り組んで欲しいものです。今の中学校の英語の教科書は昔よりも会話や実用英語を意識して作られていますから、文法(文の決まりごと)をわかりやすく、原則から理解しやすいように順序だてて並べてくれていません。例えば、進行形「be動詞+一般動詞のing形」は会話ではよく使われますから、まだ、be動詞の文、一般動詞の文の区別がはっきり付いていない段階から学習していきます。進行形の文、一般動詞の文、be動詞の文の三つの違いが否定文や疑問文に変化させる際に、急に曖昧になる生徒さんが増え、英語嫌いを生んでいます。日本語の語順とは全く違う英語の語順に慣れ、文を暗唱、暗記し、その上で、文の決まりごと(文法)を覚えて、中学1年生の学習内容をほぼ先取りした状態で、入学できれば、英語は中学で得意になれます。そのためには、5年生には是非英語をスタートさせたいものです。勿論個人差はありますが、小学5年生から学習を始めると、ほぼ中学1年生の内容を学習し終え、入学できますから、会話中心の内容でも、理解が楽で、楽しく対応できます。外国語である英語の学習は先取り学習をして、何度も復習をしてしっかり身につけておきましょう。そのためにも毎日少しでもやり続けることが最も大事なことです。

2016.09.02

夏の思い出

楽しい夏の思い出を持って、お子さんは、元気よく登校されましたか?くもんの教室も9月から平常通りの午後2時から午後10時までの教室時間になります。

私の夏の思い出を一つ。学生結婚をした三女。県外の大学の看護科に在籍しています。出産のため、昨年半年休学してしまったので、復学した今学期は、実技試験やら、レポートやら、沢山の単位を取らなければならなかったらしい、です。毎日、離乳食を食べさせ、保育園に預け、夕方迎えにゆき、夕飯を作り、離乳食を食べさせるのだそうです。風呂に入れ、寝かしつけるまで息つく暇もないぐらい時間に追われているのでしょう。実技練習で放課後遅くまで帰れない時は、保育園から連れて帰ったあと一時預りの無認可の保育園に連れて行ったり、突発性や夏風邪で熱が出た時には病児保育を利用したりしているようでした。親の言うこともあまり聞かず、好き勝手にしていた娘が、我が子には責任を持って、親らしく振舞っている様子をおかしくも、頼もしく思って、県外から様子を伺っていました。ところが突然の娘の泣き言。「レポートが10個近くあるのだが、子どもに邪魔されて勉強できない。試験勉強できない。」よちよち歩き始めた11ヶ月の子を連れての勉強は確かに辛かろうと思って、孫を2週間預かることにしました。

朝ごはんを作っていると、起きてきて、抱っこしてくれと手を差し出す。たちまち食事の支度は中断。ご飯をたべさせ、出勤の準備をしていると化粧品のたぐいは鏡台から全て放り出す。さて、いざ、出勤しようとすると、後追いしてきて、なかなか行けない。仕方ないと、しばし抱っこしてやろうと抱き上げると、うんこをしている。ストッキングを脱ぎ、お風呂でお尻を洗ってやろうと、裸で座らせておくと、また、うんこをした模様。洗面器を取ろうとした私は気づかずそれを踏んづける。逃げるように夫に後を託し、仕事場に。ああ、仕事って秩序があって、なんて楽なのだろう。

しかし、仕事が終わると、一目散に幼児のいる家に帰りたくなるから不思議です。いないバーを喜び、手を叩いたり、足を上げたりしてみせると、同じように真似して見せ、あれもこれも触って舐めて確かめたいその姿を見ていると、命そのものの喜びに満ち溢れているような気がします。一日一日モノが分かり真似が上手になっていく11ヶ月の孫を見ていると、反抗期のまだ来ない、この月齢がbaby kumonの始め時ではないかと思います。個人差はあるでしょうが、モノマネが少し出来るようになり、手足が自由に動かせられるようになってくると、反応がわかりやすいので、お母さんのやりがいも感じやすい、続けやすいと、思うのです。

早速、baby kumonの1号を手に入れて、孫とのやり取りを楽しみました。薄ペラで、めくりやすい、やりとりブックは、寝る前や思い通りにならない時の気分転換にもってこいです。お話の本はしっかり読み聞かせたいときに読んでやり、やりとりブックは、子どもの反応を引き出すツールとして活用すると良さそうです。お話の本もやりとりブックも、興味のない子がいたら、それは、保護者の方がもうひと工夫欲しいところです。高く楽しそうな声を上げたり、満面の笑顔であったり、子どもの反応を引き出せれるようにしていきましょう。子供をコントロールすることの第一歩が、この幼児期の親子のやりとりから始まると行っても過言ではありません。自分の子どもを操れる親の力量を鍛えていくツールが、baby kumonなのです。

小学生の時も、中学生になってからも、高校生の時も、帰宅すると、すぐ母の姿を探すのが通例で、「ただいま、おかあさん。ただいま、どこ?」と田の字の作りをした農家の典型的な家のあちこちを探し、納屋を探し、裏の畑を探し、「おかえり。」の声をもらえるまで、ウロウロとしたものでした。夜トラックを走らせる父が座敷で寝ていても、「お母さんは?どこ、いったん?」って聞くだけで、ろくろく話もしなかったものです。父は、他人と話すのが苦手なだけでなく家族と話すのもあまり上手ではありません。お酒を飲まないと内気で人に声がかけられないのです。一度も会社に勤めたことがなく、他人と行動することが苦手で、家族で外食に行こうと提案しても、一人で家に残るような父でした。お酒の力を借りてやっとしゃべれるようになっても、人と上手に言葉のキャッチボールを楽しむなんてことはできませんから、同じことを繰り返し言うか、飲みすぎて、騒ぎ出すか、なので、長女の私は、中学生ぐらいになると、母としか打ち解けて喋らなくなったような気がします。もちろん、日常的な会話はあるのですが、進学とか、結婚とか大事なことは、母を介して事後報告って感じだったような気がします。

その母が死んで、丸5年が過ぎました。三人の娘、七人の孫たちが、母を介さずに父に直接話しかけ、妻をなくし気落ちしただろう父を慰めると、父は、突然人が変わったように、他人に合わせて行動することができるようになったのです。誘うと外食についてくるだけでなく、自ら、お出かけを提案したり、デイサービスにも積極的に行ったり、できるようになりました。毎朝くもんのプリントに取り組み、認知症の進行も緩やかで、隠れてでも飲んでいたお酒の量が減り、夕飯に出すコップ酒を100ccばかり飲んだら、夕方から寝てしまう好好爺になってしまった父に、先日、末期ガンの宣告が下りました。ひと月前ぐらいから体のだるさを訴えていましたので、格別に驚くということはなかっただけでなく、残された時間をどう充実させて使うか、家族の力量が問われていると、身が引きしまる思いです。

母の自宅療養介護(腹膜透析と肺癌)が5年、それから、父と暮らしてきた5年、その間に私の子供たちは、祖父母との生活を大事にしつつ、学校にいき、卒業し、就職をしました。中学校の頃から勉強に集中できる環境は与えてやれていません。日々の生活を積み重ねながら、家族が出来る範囲で、それぞれの目標に向かって学習してきたのです。子供だからといって、勉強ばかり、スポーツばかり、遊ぶばかりの生活は人間として、やはりどこかおかしい、と、私は思うのです。生活そのものをしていくことに時間を割いたり、家族を支えたりするために時間を使うことが必要で、それが、生きていくことだと思うのです。極論すれば、生活を重ねながら、家族みんなが死に向かって懸命に歩いて行っているのだとも言えるでしょう。最終到達点がたとえ死だとしても、私たちは小さな夢や大きな目標をクリアしながら、達成感や充実感を持って生きていきたいものです。生活を尊重しつつ目標を達成する方法として、くもんの学習方法があります。家庭学習だから、家庭生活の中で日々鍛錬していくことができるのです。しかも自らの手で。家庭内で行う数十分で、目標を達成できる学力がつくなんて、なんて魅力的なのでしょう。

8月はお盆もあって久々の再会を果たす家族や親戚もいらっしゃることでしょう。どうぞ、家族の時間を大事になさってくださいませ。

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