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公文 松山横河原教室
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KUMONの教室のない日の夕方、私は、愛護センターで貰い受けた雑種犬の散歩紐を自らの胴に巻いて、83歳の歩けなくなった父を車椅子に乗せ、1歳過ぎの孫を、父に抱かせ、赤ちゃんの紙パンツLサイズと大人用Mサイズと、尿とりパッドが丸められ、ギュウギュウ押し込まれているゴミ袋を手に持ってゴミステーションに向かいます。自宅から200m足らずの距離ですが、重い袋を下ろすと気持ちも体も軽くなります。汚物を手放した安堵感で、人はこんなにも気持ちが晴れるものかしら、と、一人おかしくって笑ってしまいます。

2週間預かった孫は、私を追いかけ、抱っこしてくれとねだり、眠たいと身をもたせ掛けながら目を擦り付けています。命を守ってくれるのは、この人と言わんばかりの信頼の置き様です。私が仕事に行くと泣き叫ぶのですが、泣いても無駄とわかると、さっと切り替えて、夫に甘えているようです。雑種犬のチャボは生まれて三ヶ月ぐらいで愛護センターに保護された捨て犬で、うちに来た当時は、人間が怖くてたまらない子犬だったのに、今や、宅急便が来ても郵便屋さんが来ても、おやつをねだり、お触りをねだる人間関係をこの4年間に構築しています。勿論家族である私たちとは、犬語と日本語を使いながら、たいていの意思疎通は可能です。

ところがわが父は、チャボの半分の社交性しかなく、自宅と田んぼ以外は行くところがなく、家族としか、いや、家族とも下手すると、意思の疎通は出来てないようなところがあります。そんな父ですが、妹が年子で生まれた私は、父親っ子だったようです。オムツが取れたか取れないかの私を、父は一人で連れ、夜行の船に乗って、親戚のある神戸に頻繁に行ったようです。まだまだ、私の足が達者ではなかったからでしょう、船上で、肩車や抱っこされた写真ばかりが残っています。その写真の中で、私の小さな手は、必ず父のひげ剃り後の頬に置かれているか、父の背広の端をつまんでいるか、です。父によって命を守られ育てられたのだなあ、と今になって思うのですが、そんなこと50年余りは考えることもなく、一人で育ったかのように傲慢に考えていたように思います。

その父を風呂にいれ、おむつの世話をしていると、縁の不思議さをつくづく感じます。人は不完全な生き物としてこの世に現れて、他の人間の助けによって生き延びていきます。そして、幸運にも、老いるまで生きることの出来たものは、誰かの手を借りながら、生き終わるのでしょう。生まれて、やがて、死んでいくこの単純な繰り返しに何の意味があるのだろうと思うのですが、人が、誰かの力を借りなければ生き延びることができないことから推測すると、きっと縁を大事に全うすることが求められているのではないかと、そんな気がするのです。私の目の前に現れた人と、気持ちの良い関係を作りたい、誰か一人の人には、頼られたい、一緒にいると楽しいと言われたい、のです。目の前にいる縁のある人をどれだけサポートできるか、生き甲斐とは、そういうものではないかな、と考えるようになりました。図らずも、単なる学習塾ではなく、生きていくための能力を育てるKUMON式の教室を持っていることに「やっててよかったくもん式」と膝を打ちたい気分です。今年も支えたり、支えられたりしながら、笑って生きていこうと、思います。よろしくお願いします。

父が寝るベッドの傍らで、この文章を書いた二日後、私の腕の中で静かに息を引き取りました。

二日に一度は録画した「ニュースで英会話」というテレビ番組を見て、英語のニュースの聞き取りに取り組んでみるのですが、皆目わからなくて、本当に落ち込んでばかりいます。文字を見て理解できても、全く耳からは内容が把握できないのです。50歳をとうに過ぎた私の耳は頑固で、音を聞き分けられず、困っています。この1年間ずっとこの劣等感に苛まれています。

これまで、しっかりとした母国語教育の後でこそ、外国語の習得が可能になるのだと、私は信じて疑わなかったのですが、どうも、そんな事を言っていると、英語を聞き取るベストタイミングを逃すことになると、気づきました。6歳までに耳は作られるそうなのですが、確かに6歳までの幼児さんに英語を聞かせ、発音してもらうとp、t、th、mなど日本語の中にない音に正確に反応できます。小学生高学年になるとこの音を聞き分けられる子はとても少なくなってきます。

母国語の習得が、まず、母親からの、語りかけでスタートし、歌を歌い、単語を読み、文を読み、やがて、書きながら読み取る力をつけていくように、英語を自在に使えるようにするためには、母国語と同様、まず、幼児期に耳から大量の言葉を聞かせておく必要があります。単語、文を、聞かせ、言わせ、鉛筆が使えるようになると、書かせて、定着を確かなものにしていくのです。

これからは、できるだけ低年齢から英語を始めることをお勧めします。仕事に使える英語の獲得には、母国語に近い働きかけが絶対に必要です。教室には日本語もまだ上手に使い切れてない状況の中で英語を始めた3歳のお子さんがいらっしゃいます。現在、年長さんで英検5級に合格し、現在中2レベルの学習に取り組んでいます。その子のp、t、thの発音は限りなくネイティブに近いのです。その子に限らず、6歳までに英語をスタートしたお子さんの多くは、小学生低、中学年のうちに、中学校の文法教材に進み、英検5級4級に合格しています。

くもんの英語は幼児さんが学習しやすいように作られていますし、教室では、負担なく学習しやすいように、フォローしていきます。楽しんで学習してもらえるように、幼児さんの学習環境を整えています。横河原教室で英語、始めてみませんか?

季節の変わり目になると、教室の中で、苦しそうに鼻をかんでいる姿を何人も見るようになったのはここ5,6年でしょうか?風邪を引いているのだと、勝手に思いこんでいたのですが、よく聞いてみると、皆、アレルギー性鼻炎で、温度の変化やハウスダストが刺激になって鼻水が出てくるのだそうです。当人は慣れっこになっていて淡々としているのですが、見ている方はなんとか症状を軽減してあげたいと思い、今年は、空気清浄機を買ったり、エアコンの清掃を業者に頼んだりしてみました。


こう見えて(見えませんよね)  実はわたくし趣味らしい趣味はなく、あえて言えば、片付け、清掃が好きなのです。仕事の気分転換に何をするかと問われれば、片付け、です。ついつい夢中になって、次々片付けの範囲をひろげてしまうので、時間がなくなり、広げさがして、ついには、全部捨ててしまうこともしばしばあります。そんな私ですから、エアコンだって自分で掃除するわって考えていたのですが、どうも、清掃のレベルが違うらしいと聞いて、お試しに1台してもらいました。業者から派遣されてくる作業員の丁寧な仕事ぶりを間近に見て、何度か依頼してみて、清掃もプロにまかせたほうが、確かであると思うようになりました。エアコンのタイプは新旧、メーカー、機能様々です。その全てに配慮して清掃していけるのは、数をこなしているプロならではでしょう。そのプロに家事清掃のコツを伺ってみました。「台所もお風呂も、家によって、使っている材質が違い、汚れも違う。その汚れに合う洗剤を23つと、試しながら合わせて作り、この洗剤が効果的と判断したらその洗剤を使ってコツコツ汚れを浮かし落としていく。綺麗になるまで、コツコツ続けていく以外、方法はありません。急ぐと機械そのものが傷んだり、素材に傷が付いたりします。」

工エエェェ(´д`)ェェエエ工

お風呂洗剤、台所洗剤、あとは、どんな汚れもこれ一本、っていうのを使ってました、わたし。m(_)m

(∵`)へー、もう驚きです。

どこかで聞いたことのあるような話しではないですか。子どもは千差万別。その子供が生き生きと学習して自分のなりたい夢に向かって努力していくようにするためには、その子供の特徴、癖、環境,嗜好を考慮して、最適の洗剤を作ってやる必要があります。ほかの子供に効果があったからといって、同じように使用すると素材を傷つけたり、効果が無かったりします。最適の洗剤ができても、たまに使用するのでは効果が薄いのです。毎日溜まっていく汚れを、毎日丁寧に落としていかなければなりませんし、今まで溜まって、おりのように体に染み込んだ怠け心を、毎日のお掃除で少しづつ薄くして消してゆかねばならないのです。毎日毎日繰り返されてゆく学習は、その子を綺麗にたくましく鍛えて行ってくれます。住宅展示場のようにピカピカで真新しい台所よりも、私は、使い込まれたシンクが磨かれ水滴を綺麗に拭き取られている様子に憧れ、その主を尊敬、信頼します。

つまり、私も教育のプロとして、子供をしっかり見極めて、全力を尽くして最適な洗剤を作ろうと思ったわけです。その洗剤を毎日生徒が使ってくれるように励ましたり、おだてたりを懸命にしなくてはならないと考えるようになったのです。どんな仕事も、知識と実践が兼ね備わっていないと上手くはいかないものです。知識を与えてくれる教育サービスはたくさんありますが、毎日実践力を鍛えてくれるサービスはくもん以外はないように思います。お試し、まずは2週間教室に通われてみませんか?


一年で最も良い季節ですね。日中夏の余韻が残っていた九月とはうって変わって、爽やかな秋本番のこの時期に、私は自然の摂理にハッとし、四季のある日本に生まれて良かったと、思うことがあります。

曼珠沙華の真っ赤な花が、稲を刈り取った見晴らしのよい田んぼの畦に、整然と並んで、忽然と、現れてくるのです。その妖しい赤色は、一瞬にして人の目を奪う華やかさと、誑かす艶やかさを持っています。そうして、お彼岸が近いことを思い出し、母や祖父母やおじ、おばの墓参りに行く日の算段をつけるのです。墓参りを終え、天気の良い日を見計らって、布団の入れ替えをしていると、開け放った掃き出し窓から、金木犀の匂いがしてくるのです。子どもの時に食べた甘いガムの懐かしい味に包まれると、これまた、秋祭りが近いことを思い出すのです。この秋彼岸と秋祭りの時期だけは、暦ではなく、視覚、嗅覚が教えてくれます。

そうしてこの時期は、生徒が最も落ち着いて学習に取り組める時期でもあります。九月の運動会の練習や祭りの準備が終わると、夜も長くなり、時間的余裕も出来てきます。この時期子どもの気持ちを盛り上げてやって、将来のために、学習する習慣をつけていくことをお勧めします。新学年や新学期ではなく、新しいことを始めるのには、十月のこの時期がbest timeです。

年長、年中さんは是非この時期から、小学一年生になる準備を始めましょう。読んだり、書いたりを同時にさせるのではなく、とにかく、すらすら一年生の教科書は読めるようにして、入学させたいものです。読む力を徹底的につけておくことが肝要です。読む力がついてないと、理解力が低く、質問の意味がわからなかったり、文章題の式が立てられなかったりします。書く力はその後からで、十分間に合います。書くことを急がせて、十分筆圧も備わっていないのに、一般の長く細い鉛筆を持たせ、曲線ばかりの平仮名を書かせたりすると、おかしな持ち方の癖を一生つけさせることになったり、長時間の書くことに耐えられなかったりします。お箸の持ち方を教えてから使わせるように、鉛筆も持ち方を身につけさせてから書かせましょう。綺麗な持ち方が出来るようになっても、まっすぐな線がかけないうちは決して平仮名を練習させないように。直線から曲線へ、曲がりからまわり、そして、払い、はねなど、そうした線が書けるようになってはじめて、平仮名の書く練習が活きてきます。Kumonの教室には筆圧を十分つけるズンズン教材もあります。平仮名の練習は読む力、筆圧が十分育ってから取り組みましょう。初めてのお子さんを持つお母様に是非知ってほしいことです。

小学5,6年生は、この時期から是非、中学に向けて、英語の学習に取り組んで欲しいものです。今の中学校の英語の教科書は昔よりも会話や実用英語を意識して作られていますから、文法(文の決まりごと)をわかりやすく、原則から理解しやすいように順序だてて並べてくれていません。例えば、進行形「be動詞+一般動詞のing形」は会話ではよく使われますから、まだ、be動詞の文、一般動詞の文の区別がはっきり付いていない段階から学習していきます。進行形の文、一般動詞の文、be動詞の文の三つの違いが否定文や疑問文に変化させる際に、急に曖昧になる生徒さんが増え、英語嫌いを生んでいます。日本語の語順とは全く違う英語の語順に慣れ、文を暗唱、暗記し、その上で、文の決まりごと(文法)を覚えて、中学1年生の学習内容をほぼ先取りした状態で、入学できれば、英語は中学で得意になれます。そのためには、5年生には是非英語をスタートさせたいものです。勿論個人差はありますが、小学5年生から学習を始めると、ほぼ中学1年生の内容を学習し終え、入学できますから、会話中心の内容でも、理解が楽で、楽しく対応できます。外国語である英語の学習は先取り学習をして、何度も復習をしてしっかり身につけておきましょう。そのためにも毎日少しでもやり続けることが最も大事なことです。

2016.09.02

夏の思い出

楽しい夏の思い出を持って、お子さんは、元気よく登校されましたか?くもんの教室も9月から平常通りの午後2時から午後10時までの教室時間になります。

私の夏の思い出を一つ。学生結婚をした三女。県外の大学の看護科に在籍しています。出産のため、昨年半年休学してしまったので、復学した今学期は、実技試験やら、レポートやら、沢山の単位を取らなければならなかったらしい、です。毎日、離乳食を食べさせ、保育園に預け、夕方迎えにゆき、夕飯を作り、離乳食を食べさせるのだそうです。風呂に入れ、寝かしつけるまで息つく暇もないぐらい時間に追われているのでしょう。実技練習で放課後遅くまで帰れない時は、保育園から連れて帰ったあと一時預りの無認可の保育園に連れて行ったり、突発性や夏風邪で熱が出た時には病児保育を利用したりしているようでした。親の言うこともあまり聞かず、好き勝手にしていた娘が、我が子には責任を持って、親らしく振舞っている様子をおかしくも、頼もしく思って、県外から様子を伺っていました。ところが突然の娘の泣き言。「レポートが10個近くあるのだが、子どもに邪魔されて勉強できない。試験勉強できない。」よちよち歩き始めた11ヶ月の子を連れての勉強は確かに辛かろうと思って、孫を2週間預かることにしました。

朝ごはんを作っていると、起きてきて、抱っこしてくれと手を差し出す。たちまち食事の支度は中断。ご飯をたべさせ、出勤の準備をしていると化粧品のたぐいは鏡台から全て放り出す。さて、いざ、出勤しようとすると、後追いしてきて、なかなか行けない。仕方ないと、しばし抱っこしてやろうと抱き上げると、うんこをしている。ストッキングを脱ぎ、お風呂でお尻を洗ってやろうと、裸で座らせておくと、また、うんこをした模様。洗面器を取ろうとした私は気づかずそれを踏んづける。逃げるように夫に後を託し、仕事場に。ああ、仕事って秩序があって、なんて楽なのだろう。

しかし、仕事が終わると、一目散に幼児のいる家に帰りたくなるから不思議です。いないバーを喜び、手を叩いたり、足を上げたりしてみせると、同じように真似して見せ、あれもこれも触って舐めて確かめたいその姿を見ていると、命そのものの喜びに満ち溢れているような気がします。一日一日モノが分かり真似が上手になっていく11ヶ月の孫を見ていると、反抗期のまだ来ない、この月齢がbaby kumonの始め時ではないかと思います。個人差はあるでしょうが、モノマネが少し出来るようになり、手足が自由に動かせられるようになってくると、反応がわかりやすいので、お母さんのやりがいも感じやすい、続けやすいと、思うのです。

早速、baby kumonの1号を手に入れて、孫とのやり取りを楽しみました。薄ペラで、めくりやすい、やりとりブックは、寝る前や思い通りにならない時の気分転換にもってこいです。お話の本はしっかり読み聞かせたいときに読んでやり、やりとりブックは、子どもの反応を引き出すツールとして活用すると良さそうです。お話の本もやりとりブックも、興味のない子がいたら、それは、保護者の方がもうひと工夫欲しいところです。高く楽しそうな声を上げたり、満面の笑顔であったり、子どもの反応を引き出せれるようにしていきましょう。子供をコントロールすることの第一歩が、この幼児期の親子のやりとりから始まると行っても過言ではありません。自分の子どもを操れる親の力量を鍛えていくツールが、baby kumonなのです。

小学生の時も、中学生になってからも、高校生の時も、帰宅すると、すぐ母の姿を探すのが通例で、「ただいま、おかあさん。ただいま、どこ?」と田の字の作りをした農家の典型的な家のあちこちを探し、納屋を探し、裏の畑を探し、「おかえり。」の声をもらえるまで、ウロウロとしたものでした。夜トラックを走らせる父が座敷で寝ていても、「お母さんは?どこ、いったん?」って聞くだけで、ろくろく話もしなかったものです。父は、他人と話すのが苦手なだけでなく家族と話すのもあまり上手ではありません。お酒を飲まないと内気で人に声がかけられないのです。一度も会社に勤めたことがなく、他人と行動することが苦手で、家族で外食に行こうと提案しても、一人で家に残るような父でした。お酒の力を借りてやっとしゃべれるようになっても、人と上手に言葉のキャッチボールを楽しむなんてことはできませんから、同じことを繰り返し言うか、飲みすぎて、騒ぎ出すか、なので、長女の私は、中学生ぐらいになると、母としか打ち解けて喋らなくなったような気がします。もちろん、日常的な会話はあるのですが、進学とか、結婚とか大事なことは、母を介して事後報告って感じだったような気がします。

その母が死んで、丸5年が過ぎました。三人の娘、七人の孫たちが、母を介さずに父に直接話しかけ、妻をなくし気落ちしただろう父を慰めると、父は、突然人が変わったように、他人に合わせて行動することができるようになったのです。誘うと外食についてくるだけでなく、自ら、お出かけを提案したり、デイサービスにも積極的に行ったり、できるようになりました。毎朝くもんのプリントに取り組み、認知症の進行も緩やかで、隠れてでも飲んでいたお酒の量が減り、夕飯に出すコップ酒を100ccばかり飲んだら、夕方から寝てしまう好好爺になってしまった父に、先日、末期ガンの宣告が下りました。ひと月前ぐらいから体のだるさを訴えていましたので、格別に驚くということはなかっただけでなく、残された時間をどう充実させて使うか、家族の力量が問われていると、身が引きしまる思いです。

母の自宅療養介護(腹膜透析と肺癌)が5年、それから、父と暮らしてきた5年、その間に私の子供たちは、祖父母との生活を大事にしつつ、学校にいき、卒業し、就職をしました。中学校の頃から勉強に集中できる環境は与えてやれていません。日々の生活を積み重ねながら、家族が出来る範囲で、それぞれの目標に向かって学習してきたのです。子供だからといって、勉強ばかり、スポーツばかり、遊ぶばかりの生活は人間として、やはりどこかおかしい、と、私は思うのです。生活そのものをしていくことに時間を割いたり、家族を支えたりするために時間を使うことが必要で、それが、生きていくことだと思うのです。極論すれば、生活を重ねながら、家族みんなが死に向かって懸命に歩いて行っているのだとも言えるでしょう。最終到達点がたとえ死だとしても、私たちは小さな夢や大きな目標をクリアしながら、達成感や充実感を持って生きていきたいものです。生活を尊重しつつ目標を達成する方法として、くもんの学習方法があります。家庭学習だから、家庭生活の中で日々鍛錬していくことができるのです。しかも自らの手で。家庭内で行う数十分で、目標を達成できる学力がつくなんて、なんて魅力的なのでしょう。

8月はお盆もあって久々の再会を果たす家族や親戚もいらっしゃることでしょう。どうぞ、家族の時間を大事になさってくださいませ。

横河原教室では、夏の特別学習に参加される生徒を募集しています。くもん式の学習を一ヶ月半じっくり体験してみて、継続を検討してみようと考えている方や夏休みを充実させたいと考えておられる方の参加をお待ちしています。

横河原教室では7月21日(木)から8月29日(月)の40日間 教室の時間を変更して、規則正しい夏休みの生活を応援します。

教室は朝9時から12時までと午後5時から10時まで開いています。この時間の中で都合の良い時間帯で学習していただきます。

早起きの習慣を持っている人は一生得です。一日を気持ちよく過ごせられるというだけでなく、肉体的にも精神的にも健康でいられるそうです。うつ病の大半の方は、昼夜逆転の生活ですし、受験に失敗した方の8割以上が夜型の学習を抜けられなかった人って知ってました?

論理的な思索、地道な思考回路などは、朝の光を浴びることによってなされると、私は信じています。と、いうのも、毎年百人近くの就職論文の添削をしているのですが、論の飛躍が起こったり、奇をてらった物言いをする生徒さんは、必ず、昼間の授業中寝むたそうであったり、夜の10時までのゴールデンタイムに仮眠を取ったりする子なのです。これから子育てをされる保護者の方に一番気をつけて欲しいのは、規則正しい生活を子どもにさせることです。学校を休みがちで本格的に不登校になってしまうのは、不規則な生活が原因です。そのような危険因子を避けるのに、早起きが一番効果的なのです。不規則な生活に陥りがちな夏休み、今からしっかり予定を立てて充実の40日を過ごしましょう。

普段はなかなか手をつけられない問題集などを買って、1冊仕上げると達成感が感じられます。小学生は特に、前の学年の図形、単位、測量などを夏休みにやっておくと2学期以降の学年相当の学習内容がスムースに理解できます。お子さんが自分ひとりでできる問題集を与えてあげて、朝の学習を習慣づけましょう。親が教えなければならない問題集は親のためにも子どものためにもなりません。

また、たくさんの歴史漫画、科学漫画、古典漫画などを子どもに読ませましょう。中学生の理科や社会がただの暗記ものではなく、教養として、その子に定着させるためには、生き生きとした映像や漫画で見せておく必要があると思うのです。まとめて、そんな本が読めるのはこの夏休みしかないのです。

くもんの教材で取り上げてあるものは、訓練でしか身につかない基礎学力の部分です。身体でいうと、骨、筋肉を作る教材です。ここを怠っていては、理科も、社会も、理解できるものではありません。骨や筋肉をしっかり作っていくことから、はじめて見ようと思われたら、横河原教室の夏の特別学習に参加してみてくださいませ。学力診断テストを準備して、お待ちしています。

横河原教室は、中高生、大人の学習者が全体の半分近くいる教室です。世間的には、幼児小学生のイメージの強いKUMONですが、教室見学に来た方によく驚かれます。中学生、高校生が7時を回った頃から、部活帰りに息を切らしてやってきます。仕事帰りの社会人の方も、8時過ぎてから来られます。1歳の幼児さんから50歳代の方まで、同じ教室で、それぞれの学習に取り組んでおられます。在籍年数の平均は5年から6年でしょうか。最高21年の方もいらっしゃいます。

小学5年生の3学期、お母様にいやいや連れてこられた男の子がいました。私と、絶対目を合わそうとしないのです。それは、無理やり親に連れてこられた不満と抵抗を、態度で示しているようでした。口にこそしませんが、「わあ、難儀な子がきたわ。」私の正直な感想です。てきぱきと申込み用紙を記入するお母様の横で、「えー、テストなんかせんといかんの」とか、「宿題あるん?」と、私が話す学習の手順の説明に、いちいち反応し、私にではなく、母親にいちゃもんつけているって感じでした。体を動かすのがいや、友達と遊ぶより、自宅でゲームしている方が好き、今まで学校以外で、勉強らしいものは取り組んだことがない、など、お母様の話を聞いて、ぽっちゃりとした体型のその子を見て、なるほど、と思ったのを覚えています。

予想に反して、真面目に教室に通ってくれました。お母様に車で連れて来られるから仕方なく来ているのでしょうが、自宅学習もしっかりしてくれていました。決して楽しそうではありませんでしたが、「これさえしておけば、お母さんは文句を言わないから」って感じだったのではないかと想像していました。宿題をもっと多く欲しいと言うので、「わあ、やる気が出たんだ、嬉しい!」と、大げさに喜んで見せると、「母さんが宿題増やしてもらえってうるさいから。」と、クールに返され、とりつく島がないって感じでした。中学1年生の学習内容を先取りで学習し終えて、中学校に入学しましたので、学校で英語だけは得意で自信があったようです。しかし、相変わらず、私の問いかけに「はい」か「いいえ」でしか答えてくれませんでした。私が、渾身の冗談を準備して話しかけても、「ああ、まあ、そうですね。」

ところが、中学2年生の途中頃から急に教室を休みがちになりました。久しぶりに教室にきても、眠たそうに、気だるそうにしていることが多く、話に聞けば、生活ペースが乱れて、学校にも行けない日が頻繁にあるとのこと。学校から帰宅して、食事のあと仮眠をとり、夜中に起き、朝方また寝る・・・という生活リズムから抜け出せなくなっているようでした。反抗期の時期と重なって、お母様も、コントロール不能で、はれものを触るような扱いをすること、1年が続きました。教室に来ることが出来た日には、英検の受験を勧めたり、中学校の内容が後どれぐらいの期間で終了するか伝えたりするなど、なるべく目標を提示するようにしましたが、彼の反応は薄く、仕方ないので、「教室に来れば、生活ペースは取り戻せるよ。晩ご飯の後の仮眠を避けるためにも、教室に来てねー」と、帰り際に声を掛けるのが精一杯でした。そんな中での高校受験。最後の最後まで淡々と、無理せず、頑張らないを信条にしているようでした。流石に、受験三ヶ月前ぐらいからは教室を休まなくなり、英語の長文を5枚読んで、さっと帰る学習スタイルで確実に英語の力をつけていきましたが、目標の高校に何が何でも合格したい、なんて気持ちはサラサラなく、そう思うことさえカッコの悪いことだと思っているのではないかしら、私は彼を推察する始末でした。

そんな彼は高校に入ると、人が変わったように、明るく、柔らかく、そして、強くなったのです。突然!運動部に入り、部活が終わってから、自転車で息せき切って、帰路、教室に来て英語の学習プリントをするのです。高校の英文が面白いように読めるのだそうです。「なんで足を引きずって歩いているの?」と聞くと、筋トレをさせられて、膝と腕が思うように動かせられないと、メガネの奥からつぶらな瞳をキラキラさせて、面白そうに話してくれるのです。英検にも挑戦したい、と自ら申し出てきて、四月からの彼を、まるで狐につままれたような気分で見ています。何か一つ、続ける力が付いて,自信を持てるものが出来た時、人は新しい自分に挑戦できる勇気と力が備わってくるようです。1年間の停滞の時期を経て飛躍的に成長した彼を見て、どんなことがあっても、続けることが大切だと思うのです。続けてさえいれば、時期が来たら必ず、良い方向に向かっていけます。その時が来るまで、待つことが、周りの大人の仕事なのです。

家庭訪問も終わり、学校の授業も本格的になり、宿題の量も増えてきた頃でしょうか?

お母さんが仕事から帰ってきてみると、宿題ができていない。

「学校の宿題ができていないのに、なんで遊びに行くのよ。お約束したでしょ。宿題ができていないのに、遊びに行ってはダメって。お母さんがご飯を作っている間にしなさい。」と、命じると…計画帳で、学校の宿題を確認するだけで10分かかり、文字のけいこのノートがないと、探し始めること10分、挙句の果てに、ノートを学校に忘れたと言い出す。

「ちゃんと探したの?机の上は?かばんの中は?」夕飯を作りながら、探す場所を指示するが、「ない。学校に忘れたと思う。」と、子ども。

イライラが募ってきたお母さんがカバンを漁り出す。トータルここで30分。算数のノートに挟まれた文字のけいこのノートを発見したお母さん。社会の教科書に挟まれた算数のプリントも、発見してしまった。聞けば、2~3日前の宿題らしい。しないで放置している。爆発寸前のお母さん。

「どうして、あなたはそうなの?やらなければならないことは、きちんとやりなさい。決められたことはきちんとする!」

「宿題が終わったら、夕飯にしましょ。早くやって!」算数のプリントをさせ始めると、分度器を探し出す。ごぞごぞと、分度器を使っているように見えたが、答えは全く違う。どうも、分度器の測り方がわからないらしい。「学校で習ったんでしょ。なんでわかんないの?先生の話し聞いてた?わからなかったら、なんで先生に聞かないの?もう一度教えてください、って言えば、教えてくれるわよ。先生に言いにくかったら、友達に聞けばいいでしょ。なんで、わかろうとしないの?わからなかったら、お母さんに聞けばいいでしょ。わからんからって、隠して放って置くっていうのが一番いかんのよ。」算数のプリントを前に分度器いじって5分、お母さんの説教をきいて15分、足して20分経過。もしも、ここで反省の姿勢を示し、うなだれながら、子どもが母親の説教を聞かなかったら、その時間は1.5倍増し。

下の子がお腹すいたというので、先に夕飯を食べることにする。

食事だからって、テレビを消してないので、注意しないと、時々、見入って手が止まっている。好きなものは食べて、口を動かしているが、お浸しや、サラダになると、お箸を持ったまま、動かす気配がない。時間が経つのを待っているようだ。じれた母親の「一口だけでも食べときなさい。」って言葉が出るまでの時間が。拷問を受けているような顔をして、一口飲み込むように食べる我が子に、イラっとしつつも、優しい声を作って、「宿題しときなさい。」と言う。

突然ナメクジか蛸のように、体をくねくねさせながら、机に座っている子どもに、「15分後にお風呂やからね。それまでに、文字のけいこ2ページ、やっときなさい。綺麗に書いてね。」と、言い渡す。

「できた。明日の準備もできた!」って20分後に、テレビのある居間にやってくるから、「ほら、やれば出来るじゃん。偉い。」と、褒めて子どもを伸ばさなきゃ、っと、いつもより大げさに賞賛し、お母さんは子どもをやっと思い通りに動かせられたと、微かに自己満足する。お風呂から出て、テレビゲームをしようとする子供を制して、分度器の使い方を教える。「0度に直線を合わせて、もうひとつの直線まで、目盛を数えていくのよ。はい、やってみて。」

さすがに9時を回ると、親の方は子どものために自分の時間を削って教えてやっていると感じ始める。ありがた迷惑な子どもは露骨に嫌なやる気のない顔をしてみせる。「わかった?」と詰め寄る親に「わからん」とも言えず、空の一点をぼんやり見るともなく見ている。「その態度がいかんのや。それが人にものを教わる態度か。」って、とと(父親)までが出てきて言う。後日、文字のけいこの字の雑さに母親が30分以上の小言を子どもに言うのは火を見るより明らかだ。

一つでも心当たりがあれば、くもんの体験学習に来てみてください。悪いのは子どもではないのがわかります。

新年度が開始されました。

事務作業を目的として一年を括るための開始、終了を決めているのが年度の考え方なのですが、日本では学校年度を4月1日から3月31日として明治時代から使われています。日本で新年度を4月スタートにした理由を、私は、徳川家光の発布の武家諸法度・寛永令によるものだと考えています。家光は、条文の中で、毎年4月必ず将軍に参勤するように命じています。家康の頃から、大名たちは、新春の挨拶を、任意でしていましたが、法律で定めたのは家光です。義務化するにあたって、雪深い東北の大名でも江戸に確実に出てこられる4月を、新年の挨拶の時期に定めたようです。以後250年、将軍への参勤は4月。4月を境に、1年が始まるという感覚に、慣れ親しんだ日本人にとって、新年度は4月…が、至極自然に出てきたのではないかと…新年度の始まりにそんなことを考えながら、これから1年のタイムスケジュールを組みます。

農耕民族にとって、4月は1年の農作業の開始時期です。田おこしが始まります。冬のあいだ硬くなった土地に鍬を入れ、雑草を鋤込んで肥料とし、稲が育ちやすい環境を作ってやるのです。戦前でしたら、男手の足りない田んぼの稲は、生育が悪く収穫量も平均以下でしたが、現代では、トラクターがあり、化学肥料もありますから、田おこしの作業は非常に楽になっています。優秀な種籾を使って、苗を植えたとしても、適切な水の管理を施さなければ、枯れたり、腐れたりします。害虫がやってきたら、あるいは、やってきそうになったら、早期に発見し、予想し、農薬を散布しなければ、時期を逃すと、綺麗な白米にはなりません。水の管理や害虫駆除に手をかけ、どんなに心を砕いても、痩せた硬いほったらかしの土地に植えたのでは、美味しいおコメはできないのです。1年の最初の4月に、手をかけ、雑草やれんげを、何度も鋤込み、ミミズなどの虫が、快適なベッドにするぐらい柔らかく肥沃な土を作ってやらなければ、その後、どんなにお金と手間をかけても豊作にはなりません。植えてから金と手間をかけても、無駄とは言いませんが、コストパフォーマンスは悪いのです。

子育ても同じようなことが言えると思うのです。知識をどんどん詰め込んでいかなければならない中高生。この時期に知識を詰め込むのにお金と時間をかけるより、知識をどんどん吸収できる柔軟な脳、新しい知識を理解できる語彙力、次々と出てくる新しい知識を、書留、整理し、記憶していく作業力を、小学生や幼児の間につけておくほうが、本人も、親も楽だし、どう考えても、得だ、と思うのです。勉学面で、仕事面でも、熱心に取り組み、順調に育っていってくれることでしょう。肥沃な土地があれば、そこに、コメを作ろうと、野菜や花を育てようと期待以上の収穫物ができるのです。

KUMONの教材は能力開発を目的に作られています。つまり、農作業で言えば、土を耕す作業を行うトラクターが、 KUMONの教材なのです。丁寧に万遍なく田んぼを行ったり来たりしながら、隙間なく、豊かな土壌を作り上げていきます。そこに、種を蒔き、光と水を適宜与えてやり、時には、きつ過ぎる太陽光線を遮る寒冷紗で覆ってやりながら、豊かな土壌から栄養分を吸収して育つのを、助けてやるのが、親やKUMONの教室の仕事だと考えています。KUMONで子供の田おこしはじめませんか?学習しやすい脳を幼児の時期から作ってあげましょう。KUMONには、Baby Kumonやズンズン教材、0歳から取り組める教材を用意して、子供の能力の田おこしをスムーズにできるノウハウがあります。体験もできますので、気軽にお電話やメール、ライン(dekomori381)でお問い合わせくださいませ

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