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公文 松山横河原教室
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2016.01.02

戸惑いの秋

人生のステージをまた一歩、否応なく、突然、上げられたような気がしている、戸惑いの秋です。と、言いますのも、娘が結婚し、わかっていたこととはいえ、おばあちゃんになりました。○○さんちの秀子ちゃんから、秀子さんになり、森口さんの奥さんになり、○○ちゃんのお母さんになり、○○ちゃんのおばあちゃんになったのです。キャベツの葉にくっついていた、小さな黄金色の卵が幼虫になり、さなぎになり、蝶や蛾になり、卵を産み付けたら、死んでゆく、そんな自然の摂理を飛び越えて、人間だけが、三世代四世代と共住みする時代がやってきました。そして、私も、おばあちゃんと呼ばれる、僥倖に恵まれたわけです。

20年前、母が子どもの世話を引き受けてくれたから、私は、仕事を始めることが出来ました。母が死んだ今も、こうして仕事を続けていくことが出来ています。何より、子どもたちを独立させることが出来たのも、母のおかげだと思っています。食事の世話はもちろん勉強をさせてくれたり、ぞうきんや秋の野草など学校の求める物などを用意してくれたり、文字通り、母親代わりをしてくれました。でもそれだけではなく、戦時中の竹やりでアメリカ兵をやっつける練習をした国民学校の話、物のない時代、12人いる兄弟姉妹のお古の洋服を作り直した話だとか、西の空に広島のきのこ雲の出現、公職追放にあった父親がプライドを捨てきれず、戦後の時代を不満ばかりで余生を過ごした話など、生きた歴史を娘たちに話してくれたことは、珠玉の遺産だと思っています。社会や政治を見る目も、戦後生まれの両親だけのもとで育ったのでは、薄っぺらなものになっていただろうと思います。戦争はもちろんのこと、マッカーサーの指示する農地解放によって、やっと小作の身分から抜け出ることが出来た父の家族、上納米で豊かに暮らしていた生活が、土地を没収されたために、一転、食べるために着物を売り、なりふり構わず必死で生活していった母の家族の戦後の話などは、政治が、庶民の生活を大きく変えていくことを、私のこどもたちに、教えてくれました。

いやいや、そんなことが、言いたいわけではないのです。じいちゃん、ばあちゃんの、あの優しさは何だろう。小さいものに向ける慈しみのまなざし、どこまでも、根気よく付き合う忍耐力、無償の愛(”^ω^)・・・公文の教室に通ってきてくださる生徒さんの半分は、いつもではないにしろ、おじいちゃんおばあちゃんの協力があります。とりわけ、育児爺さん(育じい)育児婆さん(育ばあ)は、子どもに対して、分析力があり判断力に優れ、とにかくかっこいい。「遠足で疲れてます。昼寝させて疲労が回復しているようなら連れていきます。もしかすると、そのままお休みするかもしれません。」とか、「宿題しんどそうにしています。運動会の練習で疲れてますから、宿題一日分だけください。」できるだけ、機嫌よく学習が継続できるように、素早い対応をしてくれます。そして、子どものペースに合わせて気長に待ってくれます。「いっといで。おばあちゃんここにいるから、待ってるからね。大丈夫だからね。頑張っておいで。」そんな言葉を言ってKUMONの教室に送り出してくれます。「早く早く、遅れるから早くしなさい」と子供を焦らせ続けた親時代の自分を振り返って、私は反省しきりです。目の前の自宅を通り過ぎ、学校からまず、帰宅するのは祖母の家。家の玄関を開けると「ばあば、ばあば、ただいま、」と叫んで、台所にいないとわかると、裏の畑や納屋を「おかえり」の声がもらえるまで探し続けた娘たち。そうだった。私の母も、孫の肩を抱きながら、「待っているから、大丈夫だからね。はよおかえり。」と呪文のように、繰り返し言い、朝、学校に送り出してくれていました。

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