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公文 松山横河原教室
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KUMONの教室のない日の夕方、私は、愛護センターで貰い受けた雑種犬の散歩紐を自らの胴に巻いて、83歳の歩けなくなった父を車椅子に乗せ、1歳過ぎの孫を、父に抱かせ、赤ちゃんの紙パンツLサイズと大人用Mサイズと、尿とりパッドが丸められ、ギュウギュウ押し込まれているゴミ袋を手に持ってゴミステーションに向かいます。自宅から200m足らずの距離ですが、重い袋を下ろすと気持ちも体も軽くなります。汚物を手放した安堵感で、人はこんなにも気持ちが晴れるものかしら、と、一人おかしくって笑ってしまいます。

2週間預かった孫は、私を追いかけ、抱っこしてくれとねだり、眠たいと身をもたせ掛けながら目を擦り付けています。命を守ってくれるのは、この人と言わんばかりの信頼の置き様です。私が仕事に行くと泣き叫ぶのですが、泣いても無駄とわかると、さっと切り替えて、夫に甘えているようです。雑種犬のチャボは生まれて三ヶ月ぐらいで愛護センターに保護された捨て犬で、うちに来た当時は、人間が怖くてたまらない子犬だったのに、今や、宅急便が来ても郵便屋さんが来ても、おやつをねだり、お触りをねだる人間関係をこの4年間に構築しています。勿論家族である私たちとは、犬語と日本語を使いながら、たいていの意思疎通は可能です。

ところがわが父は、チャボの半分の社交性しかなく、自宅と田んぼ以外は行くところがなく、家族としか、いや、家族とも下手すると、意思の疎通は出来てないようなところがあります。そんな父ですが、妹が年子で生まれた私は、父親っ子だったようです。オムツが取れたか取れないかの私を、父は一人で連れ、夜行の船に乗って、親戚のある神戸に頻繁に行ったようです。まだまだ、私の足が達者ではなかったからでしょう、船上で、肩車や抱っこされた写真ばかりが残っています。その写真の中で、私の小さな手は、必ず父のひげ剃り後の頬に置かれているか、父の背広の端をつまんでいるか、です。父によって命を守られ育てられたのだなあ、と今になって思うのですが、そんなこと50年余りは考えることもなく、一人で育ったかのように傲慢に考えていたように思います。

その父を風呂にいれ、おむつの世話をしていると、縁の不思議さをつくづく感じます。人は不完全な生き物としてこの世に現れて、他の人間の助けによって生き延びていきます。そして、幸運にも、老いるまで生きることの出来たものは、誰かの手を借りながら、生き終わるのでしょう。生まれて、やがて、死んでいくこの単純な繰り返しに何の意味があるのだろうと思うのですが、人が、誰かの力を借りなければ生き延びることができないことから推測すると、きっと縁を大事に全うすることが求められているのではないかと、そんな気がするのです。私の目の前に現れた人と、気持ちの良い関係を作りたい、誰か一人の人には、頼られたい、一緒にいると楽しいと言われたい、のです。目の前にいる縁のある人をどれだけサポートできるか、生き甲斐とは、そういうものではないかな、と考えるようになりました。図らずも、単なる学習塾ではなく、生きていくための能力を育てるKUMON式の教室を持っていることに「やっててよかったくもん式」と膝を打ちたい気分です。今年も支えたり、支えられたりしながら、笑って生きていこうと、思います。よろしくお願いします。

父が寝るベッドの傍らで、この文章を書いた二日後、私の腕の中で静かに息を引き取りました。

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